鉄塔【♂1:♀1】

作:傘バケツ

【登場人物】
卯月(うづき): 夢の中の女の子
清和(きよかず): 現実の男の子



卯月:私ね、昔から、暗いところが嫌いだったの。
 
清和:へえ(本を読みながら)。
卯月:だってさ、暗いとなんでもかんでもお化けに見えちゃうじゃない。明るいとなんでもないのにさ。
清和:おう。
卯月:だから私、寝る時は絶対豆電球つけるの。そしたら安心して寝られるから。
清和:(無視)
卯月:ねー、もうちょっと興味持ってくれてもよくない?
清和:ここだって真っ暗じゃん。
卯月:ううん。ここは平気なの。なんにもないから。
清和:…確かに、何もないな。
卯月:うん。清和と私だけだよ。
清和:僕、ずっといるわけじゃないけどな。
卯月:そうだね。私はずっといるけどね。
清和:退屈じゃない?
卯月:清和がいないときは大体ずっと寝てるもの。
清和:そうか、僕と逆なんだな。
卯月:逆って?
清和:僕にとってこれは夢なんだよ。
卯月:夢?
清和:そう。眠っている間だけここにいる。
卯月:ふうん。
清和:僕の夢だ。だから僕が終わらせようと思ったら終わる(立ち上がって)。
 
清和:じゃあな。
 

清和、出ていく。

 
卯月:あ、ちょうちょ。
 

別の日。

 
清和:ここっていいとこだよな(本を読みながら)。
卯月:え?私がいるから。
清和:夢の中だからなんでも出てくる。この本もそうだし。
卯月:そうだね。私もいるしね。
清和:音楽も聴けるし、ゲームも出来るし、食べ物も願えば出てくる。お腹空かないけど。
卯月:そうだね!それに私もいるしね!
清和:残念と言えば、夢から醒めたら大体全部忘れてることなんだよな。
卯月:うっ…卯月ちゃん…永久に無視されるう…。
清和:でも何故かお前と話したことだけは覚えてる。
卯月:えーほんと!?
清和:ああ、ほんと。この間はお前の妄想の話を朝まで聴かされた。
卯月:妄想じゃないよ!ホントの話!
清和:なんだったっけ。
卯月:…覚えてるんじゃなかったの?
清和:母親が象で、父親が牛だったってことは覚えてる。あとは馬鹿馬鹿しくて聞いてなかった。
卯月:んもー!お父さんが牛だったんじゃなくて、お父さんが牛を飼ってたの!
清和:え、じゃあお父さん人間なの。
卯月:そう!お母さんは象でね、ピンク色の!お父さんは人間で、ずっと牛を飼ってた。で、その二人には娘が生まれてね。
清和:象と牛飼いの娘…?
卯月:その娘は超スーパースター!黒い羊だったの!
清和:なんでピンクの象から黒い羊が生まれるんだよ…。
卯月:それは分かんないよお。子供は親を選べないって言うじゃない?
清和:いや、それそういう意味じゃないけど…。
卯月:兎に角、象と牛飼いと羊は農園で楽しく暮らしてたの。でも時々牛飼いと象が喧嘩になって、象は何度か牛飼いに出荷されそうになったのよ。
清和:物騒な話だな。
卯月:でも、そしたら象は泣きながら「ごめんなさい」って謝るの。「もうしないからー」って。
清和:何を?
卯月:ん?
清和:だから、「もうしない」って何を。
卯月:なんだったかな。それは私もよく覚えてない。
清和:はあ…。
卯月:実はね、ここだけの話、黒い羊も何度か出荷されそうになったのよ。
清和:…楽しく暮らしてたんじゃなかったの?
卯月:そうなんだけどねえ。黒い羊はちょこっとだけ悪い子だったから、仕方ないんだ。
清和:いや、だとしても自分の娘を出荷しようとするのはやばいと思うけどな。
卯月:ね~。でも、出荷されそうになるたびにね…えーっと、犬が。
清和:犬?
卯月:そう、犬が鳴くの。わんわんって。
清和:急に出て来たな犬。
卯月:そう。いつも急にきて、いつも急に帰るんだ。犬。黒い羊はね、その犬のことが大好きだったの。
清和:羊なのに?
卯月:え?
清和:いや、普通羊って犬に監視される立場じゃん。放牧とかだと。
卯月:え~!んーいや、でもさ、ほら。見張る立場と、見張られる立場。見つめ合ってるうちに好きになっちゃうこともあるじゃん?
清和:…はあ。
卯月:なにその反応―。
清和:(呆れて)いや…すごい発想だなって思ってさ。作家になれるんじゃないか。
卯月:だから、ほんとの話なんだってば!
清和:これ登場人物の四分の三動物じゃん。
卯月:え~?私の前世の話だよ!私、スーパースターの黒い羊!卯月ちゃん!
清和:随分ファンシーな前世だな!
卯月:えへへ!でしょ~。
清和:…っていうか前世とか、信じてるの?
卯月:うん。変かな?
清和:別に…いいんじゃない。ぼくは信じないけど。
卯月:え、なんで信じないの?
清和:あるかどうかも分からないものを信じるなんて馬鹿馬鹿しいよ。
卯月:ええっじゃあ清和は神様も幽霊も信じないの!?
清和:信じないよ。
卯月:ええ~。なんかショック。
清和:なんでお前がショックなんだよ。
卯月:清和がこんなにリアリストだったなんて。
清和:僕は初めからずっとリアリストだよ。
卯月:ええ、生まれた時からずっと?
清和:…少なくとも、サンタクロースの正体は5歳で見破ったかな。
卯月:ええっ!?サンタさんっていないの!?
清和:……なんか悪い。
卯月:ねえ、ねえ!サンタさんっていないの!?正体って何!?
清和:(目をそらす)
卯月:ねえってばあ!!
清和:(更に目をそらす)
卯月:…いないんだ。
清和:いや…僕の思い違いだったかも…。
卯月:うええ…今年一ショック…。
清和:……でもほら。ピンクの象はいるんだろ?
卯月:そりゃいるよ。当たり前じゃない。
清和:当たり前なのか…。
卯月:そうだよ。だってピンクの象は、
 

スマホのアラームの音

 
清和:あ、鳴ってる。
卯月:…犬が?
清和:それを言うなら鳴いてるだろ。アラーム。
卯月:え?
清和:ああ、お前には聞こえないんだな。スマホのアラーム、鳴ってる。
卯月:そっか。…あれ?今日日曜日じゃないの?おでかけ?
清和:そ。ちょっと病院行くんだ。
卯月:えっ清和どっか悪いの!?
清和:いや、僕じゃなくて。母さん。
卯月:お母さん?
清和:そ。子供が生まれるんだ。妹か、弟か。分かんないけど。
卯月:えっ!えーー!おめでとうございます!!
清和:まだ生まれてないよ。
卯月:それでもだよ!おめでとう。
清和:…ありがとうな。じゃあ、僕そろそろ行くから。
卯月:うん!いってらっしゃい!!
 

清和、去る。

 
卯月:…無事に生まれてくるといいね。
 

別の日。

 
清和:寿司が食べたい…。
卯月:いいねえ!お寿司!私まぐろがすき!
清和:まぐろ…えんがわ…とろサーモン…。
卯月:どうしたの清和…今日、いつにもましてミイラみたいだよ。
清和:普段からミイラみたいに言うな。飢えてるんだよ生ものに。
卯月:そうなの?なんで?
清和:妊婦は生もの食べちゃいけないんだよ。
卯月:ああ、そういえばそうだっけ。
清和:そう。だから僕らも我慢してる。
卯月:あとどのくらい食べられないの?
清和:えーっと、4月20日が予定日だから…
卯月:…。
清和:あと4か月くらい………。
卯月:ご愁傷さま。
清和:はあ…。
卯月:ていうかさ、ここで食べて行けばいいじゃん。お寿司、想像して。
清和:ここ夢の中。起きたら味忘れるだろ。
卯月:まあ、そうだけどさあ。
清和:食べた感覚だけ残ってる方が地獄だよ。
卯月:あー…ねえねえ、あと4か月で生まれてくるならさ、もう赤ちゃんの性別、分かるんじゃない。
清和:ああ、分かったらしいよ。
卯月:ほんと!?どっちどっち!?
清和:教えて貰えなかった。
卯月:ええっ。
清和:なんか、驚かせたいとかで。両親が秘密にしてる。
卯月:えーーつまんない。
清和:つまんないとかいうな。
卯月:つまんないよ。それを聞くために今日まで生きて来たのに!
清和:大袈裟な奴だな。
卯月:うっうっ、清和さん家の赤ちゃんの性別が分からないなんて!私!私!(泣きまね)
清和:はあ。
卯月:ねえー、ツッコミを放棄しないでよ~!
清和:疲れた。
卯月:辛辣!
清和:はあ…寿司食べたい。
卯月:私はねえ、カラオケいきたい!
清和:カラオケ?
卯月:うん!カラオケって最高じゃない?
清和:煩いしタバコ臭いし、僕はそんなに好きじゃない。
卯月:えー、歌い放題、エアコン無料、ご飯も食べれるし、大声出しても怒られないし、時々ドリンクバー無料。あと出前もとれちゃう。
清和:お前…今出前とか言うなよな…。
卯月:あっごめん。
 

また、卯月には聞こえないアラームの音。

 
清和:はあ、僕そろそろ行くよ。
卯月:えーーーーー!!なんで、なんで!?私が出前って言ったから!?
清和:違う違う。今日ちょっと早く起きたいんだ。行かなかきゃいけないところもあるし。
卯月:…また病院?
清和:うん。なんか体調、良くないみたいでさ。
卯月:…大変だねえ。
清和:経過も順調だけど、辛そうだ。子ども一人生むのって本当に大変なんだろうな。
卯月:……暴れてるのかもね。
清和:え?
卯月:お腹の中で、赤ちゃんが。
清和:なんで?
卯月:子宮の中ってすごく居心地が良いって言うでしょ?だから出てきたくなくなっちゃうんだよ。
清和:ほう。
卯月:現代で例えるならね~、ネカフェ!
清和:え、子宮が?
卯月:子宮が!
清和:なんでだよ。
卯月:え、だってドリンク無料、エアコン無料、マンガ読み放題、インターネット使い放題、二十四時間営業、個室…。
清和:それは完璧にネカフェの話だろ。
卯月:それくらい快適ってことよ!栄養供給は自動だし、お母さんの体温で赤ちゃんぬくぬくだし、二十四時間営業だし、個室なのは同じでしょ!たまに個室じゃないけど。
清和:まあ…。
卯月:それにお母さんの体利用料無料だよ!なんてったってお母さんが対価を支払ってサービスを提供してくれてるんだから!
清和:…。
卯月:そんな最高の環境だったらさ、延長お願いしますってなっちゃうのも納得じゃない?
清和:(笑って)延長って。…前にも言ったけどさ。やっぱりお前、作家になった方が良いよ。
卯月:え~だめだよ~。私書くのはからっきしだもん。一度も完成できたことない。
清和:そうなのか?
卯月:うん。でもその代わりねえ。
清和:?
卯月:(勿体付けて)私女優だったんだよ。
清和:へえ(棒読み)。
卯月:ねえ!なんで急に棒読みなの!
清和:嘘みたいな話だなと思って。
卯月:辛辣!!
清和:はは。じゃあな。
 

清和、去る間際。

 
清和:…黒い羊、じゃ、なかったのか?
 

別の日。

 
卯月:それでねそれでね、その時お父さんがね
 
清和、卯月には聞こえない声が聞こえている。
 
清和:はあ。
卯月:どうしたの?
清和:呼ばれてるみたいだ。今日はもういかなきゃ。
卯月:ええー!まだちょっとしか遊んでないのに。
清和:しょうがないだろ。現実で起こされたら夢からは出ていかなきゃいけないんだから。
卯月:ぶう…。
清和:…今日はちょっと長くいてやるつもりだったんだけどな。出直すよ。
卯月:えっそうなの。
清和:うん。
卯月:なんで?
清和:そろそろなんだよ、子どもが生まれるの。そしたら多分、熟睡とか無理だし。あんまりお前に構ってやれなくなるかなって思ってさ。
卯月:…えー、優しいじゃーん!
清和:ま、お前も妹みたいなもんだしな。
 
清和、去る。
 
卯月:もうすぐか………。
 
卯月:……神様。
 
卯月:やっぱり、怖いね。
 

別の日。

 
卯月:ねえ、清和―。一緒に遊ぼうよ。
清和:断る。
卯月:なんで。
清和:お前と一緒に遊ぶと疲れそう。
卯月:ええっ!なんで!疲れないよ。
清和:お前のテンションについていけない。
卯月:ぶう…この間早く帰ったくせに…。
清和:…じゃあ、何して遊ぶんだよ。
卯月:…おままごと?
清和:いや、お前おままごとって
卯月:(おままごとを始めて)おかえり。
清和:え?
卯月:おかえり!
清和:(おままごとが始まったことに気付き)唐突過ぎるだろ…ただいま。
卯月:ご飯にする?お風呂にする?それとも~
清和:メシ。
卯月:ええーーそこはさあ!
清和:お前とそういうことする気はない。
卯月:ねーえ、今はさ、お前-じゃなくて、卯月って呼んでよ。
清和:なんで。
卯月:家族だから。
清和:家族。
卯月:そう。夫婦でしょ!だから呼んで!
清和:……。
卯月:お願い!
清和:………。
卯月:一回でいいから!!!
清和:はあ…卯月。
卯月:(嬉しそうに微笑む)。
清和:なんだよ気持ち悪いな。
卯月:なっ!失礼な!
清和:…結婚したいの?
卯月:うん!お嫁さん!憧れなんだよね。
清和:そうなのか?
卯月:うん。20代で結婚して、30歳になるまでに可愛い赤ちゃんを二人生むの。それで、幸せな家庭をつくる!
清和:……なんていうか…意外と普通だな。お前にしては。
卯月:えへへ、そうかな。でもこれって叶えるのがすっごく難しいんだよ。
清和:まあ、まずお前と結婚したいっていう相手が見つかるかどうかだな。
卯月:ええ!ひどい!!
清和:事実だろ。
卯月:んー、でも実際そう。旦那さんが見つかるかどうかも、したいときに結婚出来るかどうかも、赤ちゃんが出来るかどうかも…無事に、赤ちゃんが生まれてくるかどうかも。全部全部本当はすっごく難しいことで、ひとつひとつが奇跡みたいなことなんだよ。
清和:まあ…そうだと思うけど。どうした急に。
卯月:清和は、いっぱいいっぱいの奇跡の上で生まれて来たんだよってはなし!
清和:はあ?
卯月:お父さんがいて、お母さんがいて、お母さんに赤ちゃんが出来て、そうしてちゃんと生まれたいって思って生まれてきた。ネカフェからちゃんと外に出た。
清和:おい、その例え今使うな。
卯月:でも、そうじゃない人もいる。
清和:え?
卯月:だからね、これは私の夢なの。
清和:?
卯月:ねえ清和、私ね。前世で自殺したんだと思うの。
清和:……なんだよ藪から棒に。
卯月:なんで?って聞いて。なんで?って!
清和:……。
卯月:ねえってば。
清和:(溜息)……なんで。
卯月:それはね、高所恐怖症だから。
清和:…はあ?
卯月:高いところが怖いの。高所恐怖症。
清和:いやそれはわかるよ。言葉の意味じゃなくて、どうしてそれで前世のお前が自殺したことになるんだよ。
卯月:きっとね、前世で高いところから飛び降りて死んだんだと思うの。だから神様が、もうそんな悲しい死に方はさせないぞって、私を高所恐怖症にしたの。
清和:はあ…。
卯月:ふふふ。私のとっておきのお話。
清和:の、割に。今までの話と違って“と思う”なんだな。
卯月:死んだときの記憶なんか曖昧だよ。
清和:…ふうん。
卯月:高所恐怖症の私と、脳裏に焼き付いている何処かも知らない屋上、柵の向こう、眼前に広がる地面と降り注ぐ朝日。あくまでも推測。それでも。それでもね。
清和:?
卯月:…落ちるって、こわいの。
清和:卯月…?
卯月:生み落ちるってね、怖いのよ。お兄ちゃん。
 

清和、急に目が覚める。

 
清和:…っ!!
 
清和:なんだ?一体何が……
 
部屋に慌てた様子で父親が入ってくる。
 
清和:え、父さん?…病院?今から?なんで……へ?
 
卯月:4月15日。午前5時52分。
 
清和:………死産?
 
卯月:僕の妹になるはずだった女の子は、子宮の中で死んだ。
 
清和:はあっはあ!(病院の廊下を走っている)
 
卯月:僕は父さんの車に乗せられて母さんが待つ病院へ向かった。
 
清和:(ドアを勢いよく開けて)母さん!!
 
卯月:そこには、泣きじゃくる母と、
 
清和:母さん…。
 
卯月:冷たくなった妹がいた。
 
清和:大丈夫。大丈夫だから…。
 
卯月:ふと、母の口から弱々しく零れた言葉。
 
清和:…え?
 
卯月:その名前を僕は確かに知っていた。
 
清和:母さん、それ、この子の………名前?
 
卯月:………ごめんね。私、飛べなかった。
 
清和:卯月……お前…ほんとに僕の。
 
卯月:またね。お兄ちゃん。
 

卯月、去る。

あいをひとつ。

傘バケツの台本置き場です。 ゆるりと。

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